プラダ メンズの歴史
プラダ メンズ 歴史(1)
1978年に創業者マリオ•プラダの孫娘がオーナー兼デザイナーに就任した後、革新的なデザインのバックを発表したことで低迷期を向かえていたプラダは一気に事態を変革していきます。 シューズ、レディースウェア、レディースウェアのセカンドラインを立て続けに立ち上げ、1995年には待望のメンズラインがスタートしました。
レディースと同様にメンズウェアにおいても徹底したミニマリズムを追求し、日常を贅沢に着ることをデザイン理念の根底にしています。1913年の創業当時の伝統と現代的で革新的な素材使いやデザインの斬新さを見事に調和したプラダは世界的なブームを巻き起こしました。洗練されたライン、上質且つ的確な素材選びに加え、スポーツ、ミックスまで最新気鋭の技術を擁しています。メンズウェアはそのデビュー当時より、ミラノのメンズコレクションで発表されています。
ミウッチャ•プラダほど女性の内面を理解し、それを洋服に表現するデザイナーはいないといわれていますが、そんな女性らしい彼女らしい特有の包み込むような優しさ、柔らかさは直線的なフォルムが多いメンズラインにも反映されています。毎コレクション、必ず登場する色、それはベージュ、ブラック、ホワイトです。
プラダ メンズ 歴史(2)
基本色ともいえるこの3色、ベージュ、ブラック、そしてホワイトもプラダの手にかかればまるで他とは異するもののようにみえます。それは素材自体の上質さが醸し出すものでもあり、デザインのディテールへのこだわりがベーシックなものにスパイスを加えてよりオリジナルなものへと仕上げているのでしょう。
メンズラインでは広告にもレディースラインとひと味ちがうアプローチがされてきました。21世紀に入り、世の男性もファッションに対する意識が高まり、ただブランドネームだけでは消費者は財布を開かなくなりました。ものが溢れかえる中、彼らはブランド名のみでなく、そのブランドの背景にあるイメージ、そしてウェアが対価を払うに値するかということをしっかりと見始めたのです。
そこで、プラダのメンズラインが試みたのが、イメージ戦略です。香港出身の俳優、金城武を起用し、大きな話題となりました。
これまでにヨーロッパのブランドが広告にアジア人を使ったことはなく、プラダほど世界的にビッグに成長したブランドが決断したこの選択はある種の挑戦であり、また斬新なやり方でもありました。
金城武は日本でも大ブレイクし、海外でもウォンカーウァイ監督の作品に主演俳優として抜擢されたりと国際的に活躍している俳優です。どこか中性的な魅力をもち、プラダのウェアと自然にとけ込むようなそんな軽やかさももっている。この戦略は見事に成功し、売り上げも大幅にアップ、そして何よりもヨーロッパのファッションシーンにアジア人が進出しやすい入り口を設けてくれた、そんな大きな〝事件〟でもあったのです。
プラダ メンズ 歴史(3)
プラダは創業当時皮革製品の専門店でした。その伝統は現在のメンズラインにも十分に活かされています。メンズといえば、アイテムはレディースと比較するとかなり少ないのが実際です。シャツ、パンツ、スーツ、セーター、パーカー、カットソー、Tシャツといったところでしょうか?
そこで重要になってくるのがアクセサリー類です。ベルト、バック、帽子、時計、カフス、ネクタイなどが主なものです。プラダは特にベルト、バック類にはデビュー当初より力をいれてきました。
長年にわたって培われてきた技術と素材へのこだわり、それらをミウッチャの持つモダンな感性とマッチさせてオリジナル性の高いものに仕上がっています。
ウェアにもその伝統は活かされています。例えば、冬のコートやジャケット類。改良を重ねた上質なレザーを全面に使用したアイテムが、必ずと言っていいほど毎冬に登場します。
決して安価なものではないにも関わらず、一部のプラダマニアの間ではレザーアイテムのコレクターもいるほどの人気ぶりです。
一度、袖を通すとまるで魔法にかかったようにその魅力の虜になってしまうプラダ。メンズラインはこの10年で急激に成長し、今やイタリアを代表するビッグブランドとなりました。
プラダ メンズ 歴史(4)
ここ数年のプラダメンズコレクションは新たなステージに入ってきています。
これまでは無彩色のクリーンなカラーコーディネートが代表的でした。それらに加えて、プリントのテキスタイルを積極的に取り入れ色とりどりの世界が繰り広げられています。ブルー、グレー、ブラックの3色で描かれた大きなチェック地や、インディゴブルーと濃紺の格子模様、ワインレッドとオレンジのランダムなストライプなどバリエーションはさまざまです。
スーツラインはスリムで上品にシェイプされたカッティングが目立ち、パンツはテーパードスリムが主流です。インナーとしてはぴったりフィットのカーディガン風カットソーや襟ぐりの大きく開いたニットカットソーなどが毎コレクション、素材を変えて登場し、定番化しつつあります。
また、ミラノコレクションのキャットウォークでは、中性的な魅力を感じさせるモデルを好んで起用しています。大人と少年の間、男性性を感じさせるけれどその中に女性的な雰囲気が漂うような彫刻のように美しいイメージのモデルばかりです。プラダの追求し続けているミニマリズムは常に形を変え、進化し続けています。
プラダ メンズ 歴史(5)
プラダは近年、その歩んできたブランドの歴史を綴った本を出版しています。
Projects for Prada Part1、Herzog&De Meurin –Prada Aoyama Tokyoではビジュアルイメージや世界各地にあるプラダのエピセンターストアを紹介しながらブランドの魅力に徹底的に迫っています。
また洋服のショーケースである建築へのこだわりも見せています。プラダブティック青山店はスイス出身の建築ユニット、ヘルツォークとド•ムーロンにより設計されています。このコンビは2001年にロンドンの美術館、テート•モダンでプリツカーショウを受賞している世界的に著名な建築家ユニットです。売り場が外からほどよく透けて見えるのが特徴的なこの建築は東京の新しいランドマークとして、日夜、多くの人がその建築を見に訪れています。
エピセンタープロジェクトとはプラダが仕掛けるプロジェクトで、前衛的建築家と生んで、プラダのショップをプロデュースし、その店舗でのショッピングを通じて、ブランド体験を高めようというプロジェクトです。このプロジェクトの第1店舗は、現代建築では著名なオランダ人建築家レム•クールハースの設計事務所OMAと組んで行った、ニューヨークソーホーの店舗です。
洋服のみならずさまざまな手法でデザインすることに挑み続けるプラダ、今後の展開が期待されます。
